いとなみ -くうねるところにすむところ-JAPAN DESIGNの行方

JAPAN DESIGNの行方 vol.3

2011年1月 4日





新年あけました

ぱっかーんと あけました

ボクは 毎年の事だけど 新しい年が始まった 実感はあまり無く

昼夜逆転した生活ゆえに昼間の終わる早さにちょっとショックを受けながら

また仕事が始まりました。



ここ数ヶ月 一時に比べてブログの更新が滞っとるわけですが

書く事はなんぼでもあります。

しかしまぁほどほどにしとかんとあかん場面もあり 

考えて書こうとすると



間   が   あ   き




まぁええかという気分に変わってくる 不思議なもんです

しかし、友達が意外に見てくれて、更新が滞っとると怒られたり

年賀状にブログを読んで頂けている事を書いてあったりと

まぁええか おもーとる場合と違うとおもい なんか書こうとしております。



さぁなに書こう。




まぁ新年ですので、今年やりたいと思う事でもひとつ




今年から だいぶ前にブログで書いた パーマカルチャー

これを本格的にちょっとづつ実践していきたいと思います。

パーマカルチャーって

Permanent Agriculture(永続する農法)、Permanent Culture(永続する文化)からの造語

だそうです。


これがですね、前回書いた日本を日本らしくするデザインの一つの具体的な方法だと思います。

デザインという言葉の意味にあるように、物事の関係性を設計し直していく必要があると思います。


"アグリカルチャー"とあるのでどうしても農業的な活動や体系をイメージしてしまいますが

そうではないです。

もちろん、私たちが生活していく事から「食べる」という行為は切り離せないですし

自分たちの食べる物を自分たちで作るという事は大切だとされています。

しかし、ここで忘れてはならないのが"パーマネントカルチャー"という、

もう一つのカルチャーの部分です。

文化というのは永続可能な土地利用という基盤なしには永くは続きえないという考えも併せもち、

このシステムの構想で良いなと思うのが、パーマカルチャーというスタイルが多様性という事を

重要視しているところです。

植物や動物、建物、つまりは水やエネルギーそしてコミュニケーションを扱う側面も持っている。



これは、私たち建築やデザインという分野に携わるものとして必ず衝突が生まれてくる部分です。

衝突という表現が正しいかはわかりませんが、無理が生じてくるという感じです。



このような、言葉で分けられるカテゴリーや要素を関係づけるだけではなく、

むしろ、これらのカテゴリーや要素の間にどんな新しい関係を生み出せるかを考える。

つまり"デザイン"をしていくというのが今年の、ちょっとづつやっていきたい


ボクの野望。


生態的にも経済的にも成り立つシステムを考える。


かっこええ


まぁどっちつかずとか器用貧乏とか言う人もおるみたいですが

やれるもんならやってみぃ と いつか言うたるつもりです。



ふぅっ







っす







0205b.png

狭い世界と広い世界

2010年12月14日






とつぜんですが、「うわー」です

だいたいウツワが小さいのに、大きな見出しをつけすぎた。

自分の方向も定まらんのにJAPAN DESIGNの行方なんてわかるわけがないわな


しかし、開き直り的にこれでいいんかと思ったりもする。

現在、ありとあらゆる沢山の情報は自分の意志とは無関係に情報の方から

世界中から野を越え山を越えアツアツ状態でやってくる。

自分から何かを探し得ようとした日には、最終的に数ある情報に迷ってしまって

最初に何をやってたんだかわからなくなるなんてこともしばしばだと思う。

そんくらい。どんくらいかよーわからんけど

沢山の人々の努力の成果で確実に世界の距離は縮んだ。

例を挙げればきりがない

携帯電話にコンビニ、インターネット、銀行だって15時までに行く必要は無いし、

場所とか時間とかそいう概念はあってないようなもの。

その恩恵に多かれ少なかれ誰もがお世話になってるはず。


でも実はこれっておかしくない?


例えば銀行だと、15時までに行って手続きするにはわけがある。

そんくらいまでに受付を済まさんと後処理ができんのでしょ?

でも、これって最近は15時過ぎても翌日の手続きとして受付けてもらえたりする。

ちょっとお金はとるけど、仕事してない時に翌日の仕事分も受付けておいて

さらにその翌日は普通に仕事もするとなると単純に仕事してないときの部分って

色んな処理が今までより早くなったとはいえ、今までだと無理だった部分な訳で

結局どっかで無理してるよね、絶対。全然意味ない気がする。

まぁコレに関しては100円だか200円だか手数料をとるからええとしても、


銀行を利用するボクたち一般の人々にとってはどうでしょう?


これは銀行に限った事ではないけど

いつでもどこでもできるというのは便利ですか?便利っすよね。

ネットで振込、コンビニで支払いボクも利用します。

でもコレ銀行やコンビニはがんばっとんかもしれんけど、

ぼくら最終的な利用者ぜっんっぜんがんばってないっすよね。

何時までにやろとか、いついつ振り込みしにいくようにしようとか、

そんなん考えんでもいつでもできちゃうじゃんって感じにどんどんなってますよね。

しまいにゃ手数料払っとんじゃけーちゃんとせーやーみたいな理屈になってきたら

とほほ です。


これって時間とか場所って言う概念がすごく関係してると思います。


世界の大小に関わらず、

何かをする為に決まった場所へ行くことであったり

何かを提供する、されるに関わらず、

するほうもされるほうも互いのことをちゃんと考えるべきです。


日本は狭い国です。

大きい国のまねをして急がなくてもいいんではないでしょうか?

どんなときも相手を尊重して、自分の為だけでなく相手の事を考えられるのが

日本人の良いとこだと思います。

もしかしてJAPAN DESIGNって日本を日本らしくしなきゃいけないんじゃないの?

って思ったりします。

広い世界は狭く 狭い世界は広く

自分たちの目線 相手の目線で考える 大事だと思います。




この情報化社会、国際化社会で いまさら そんなんゆうてたら

取り残されるでしょうか?

必死でついていこうとしているじいさん、おっさんようさんおります。

若い子、それが当たり前になっております。


現代においてボクは今

じいさんでもなく

おっさんでもなく

がきんちょでもない

中途半端な世代なんだとおもいます。

今を軸にして考えると貴重な世代っぽい感じのしてくるボク


ボクは国際化とかグローバルとか情報化とかようわかりませんが、

そんなんどうでもえんちゃうかと思ってます。

だって、どんなにえらい人も「ヤベっ」てなるときって

時すでに遅し、いまさら やべーゆても遅いんです。

いまさらにならんようにいまさらにかんがえる。






うまいこと区切って読んでください。






ぼくたちがやるべきことっす。




0205b.png

カテゴリーに分けられるボクたちの生活

2010年10月12日




みなさん、お久しぶりです。ブログの更新が滞ってましたが、ボク元気です。


実はちょっとブログの事で考え事してました。


これまで、ボクのブログでは日常の生活を切り取り


みなさんにデザインとはかけ離れて見える部分を


ボクの視点からランダムに発信してきたつもり。


しかし、自分自身も、伝える為の手段として行っていたはずの


日常の報告が、ブログを更新することが目的となって感じがしてきた。


そ こ で


自分自身が日常生活のなかで何を思い


何を考え


何を行おうとしているのか.


という様なことを中心に少し考えてみる事にした。


なので、随分と仰々しいタイトルをつけて、ちょっとだけ、真剣に書いてみる。




さて、JAPAN DESIGNの行方というからにはDESIGNという言葉を


少しずつほぐし、さらにインテリア・プロダクトという分野の上で


考えんとおえん。


と自分で書いてみたものの、着地点はあまり見えていないのが実際のところ


これがボクを困らせる...そして、


「分野」の上で考える。


いわゆる「カテゴリー」このカテゴリーが非常に邪魔くさい。


なぜか?となると


インテリアとかプロダクトのデザインが何の為に発展してきたかって話になりるので、


これを日常生活の向上のためと考え、話を進めることにする。


もしかしたら商売繁盛の為かもしれんけど、それはちょっと置いとく。


この、日常生活そのものはカテゴリーでは分けられず、趣味とか、旅行とか、


仕事とか、洋服とか、とかとかとか、色々なカテゴリーを横断しながら継続的に


行われいて、その継続的な日常生活を種類に分けたのがカテゴリーである。


現在、生活そのものがカテゴリーの中に存在している様な感覚の人は少なくないはず。


その感覚の例としてインターネットの検索方法や検索エンジンのトップページにある語句がある。


共通の単語であったり、カテゴリーとして情報が分けられている。


知りたい情報に、かなりの精度でしかも世界中の情報の中からめぐり合える。


小さい頃からこのような生活に慣れて親しんでいるとなると、


自分の生活そのものがカテゴリーで分けられた世界に成り立つ感覚になってもおかしくないし、


検索で出てこない事はこの世に存在しないような感覚になっている人がいる様な気がする。


という長い前置きを読んでもらった上で見てもらいたいこの写真


しゅうずの湧き水


これ、このブログでもおなじみのうちの時子ばぁちゃんが生まれた家とその近所


5軒くらいの家で使われ続けている井戸。というか湧き水。


しゅうずの湧き水②


この辺りのすべての水が涸れてもここは大丈夫という、ばぁちゃんたち自慢の水である。


代々、大切にみんなで、誰かが独り占めする事もなく、使われている水です。


でも、カテゴリーで分けられた生活を送っている人たちにこの水は飲めません。


なぜなら、まず、検索しても出てこん。


これは冗談としても、


でっかい水たまりみたいなもんだから、飲み水のカテゴリに属さないかもしれない。


「飲み水=水道水」という考えが当たり前であればなおさら。


「湧き水=飲み水」とも限らない。


でも、ここでは誰のものとも決められていないみんなの水が、


ただの水にも関わらず、大切にそして脈々と受け継がれている。



このように


ボクは理由のないことだけれど、なにかボクたちが本能的に理解していること


カテゴリーでは決められていないことこそが大切で、これからボクたちの仕事として


考えていかんと駄目なんじゃないんか?こんなことをこのごろ良く思う。



そりゃね、言葉を決めることでスムーズになることもある。


でも、ひとしきりスムーズにスピーディーにできるようになった現在。


もう一回、原点を見直さんと


カテゴリーに決められた、広い広い思ってる、狭ーい狭い世界で右往左往


みたいなことになる気がしてます。


これがデザインというカテゴリーで収まるか知らんけど...ほら、すぐ出て来るでしょ?


邪魔くさいカテゴリー。


でも、どんなです?極端かも知らんけど、ちょっと意識して考えてみるとおもろそうでしょ。




さて今回はここまで、次回はもう少しだけ、狭い世界と広い世界を考えてみたいと思います。







ジュエリーケース制作体験

HOME › › いとなみ -くうねるところにすむところ- › JAPAN DESIGNの行方

バックナンバー

資料請求

デジタルパンフレットを見る

  • Chude Guide
  • Teachers
  • Event
  • ファッションデザイン科
  • デニムジーンズ科
  • ビジュアルデザイン科
  • インテリア・プロダクト科
  • 高等課程・基礎デザイン科
  • 社会人対象コース
  • 総合デザイン科
  • 入学をお考えの方へ
  • 保護者の方へ
  • 企業の方へ
  • 卒業生の方へ
  • 在校生の方へ
  • 社会人の方へ

Copyright © 2003- Chugoku Design College. All Right Reserved.